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2008年7月30日

日本人の不思議な道徳心

山本モナに続き渡辺アナの不祥事(?)で、CX 広報は面倒が重なっているでしょうね。ところでこういうことが起きると必ず視聴者がヒステリックに反応するわけですが、いつも不思議に思います。

電車で座り込む人や、優先席が必要な人に席を譲らないばかりか携帯電話を使う人が腐るほどいるのに、多くの人は見て見ぬふりをします。逆ギレされたらこわいから注意しないとか、関わりを持ちたくないとか思うからスルーしちゃうのでしょうか。

最初に挙げたように、放送局などの法人組織や政治家に対しては全然違います。相手が強く反発できないのを知っているからだと思いますが。確かに、放送局のように社会的に影響力が大きいところは、その理由だけでも倫理的に攻撃されるいわれを作ってはいけないと思いますが、それって社会的影響力の小さい会社や個人にも当てはまるんじゃないでしょうか。いつでも同じ基準で行動すべきでは?理想論?

相手が反発(ときには攻撃)してこないのが分かっているから強く意見するというのは卑怯だし、なぜ自分の意見を普段から言えないのでしょう。局に電話したりメールするひとはそれなりのパワーや時間を使っています。その力をほかにも向けてほしいと思います。日本の大人は子供をしからなくなった、って日本の大人自身が嘆いているけれども。

アメリカ人の良いところはそこだけだと思う。常識でおかしいことは、必ず「だめ!」って誰かが言う。常識が人によって違う場合もあるけど、そんなときは多数なりで、どちらが社会のためになるかすぐ明らかになるわけです。たとえば電車で限度を超えて騒がしいグループがいたら、そばにいる人が注意し、もちろんそこで「うるせー」などという血気盛んなひともいるけど、周りの人もみんな注意を向けるから、自分たちだけおかしいことをやっている連中は何も言えなくなる。日本でそういうことをしても、周りが我関せずを決め込んだりするケースが多いるから「うるせー」と言われたら注意した人がみじめになるんです。言った方がおかしい、みたいな雰囲気になりますよね。言われた方が言われる理由を作っているんだから、それが謂われのないことならきちんと説明すべきだし、自分が間違っていたなら謝ればすむ話だと思う。そうしたからって何にも恥ずかしいことはないんです。

ちなみにアメリカはモラルハザードがすさまじい勢いで進行しているので、アナウンサーがスポーツ選手や芸能人などとなんたらかんたらというニュースが取り上げられることは珍しいです。既婚者だったり、よっぽどの大物だったらネットワークで取り上げられるけど、日本みたいにわざわざ局へ電話をかけて「あいつは出すな!」みたいな話は聞いたことがない。むしろ、SUUJI とれるぜやほー!となります。まぁ日本でもホントはそうなんだけど。独身の芸能人が誰とつきあおうが関係ない、ゴシップ紙が騒ぐだけです。日本ではそういうネタで社会が過剰反応しているのを見ると、ちょっと不思議に思います。でも道徳心が高いから、というすばらしい性質のおかげなんでしょうね。10年後はどう変わっているか…。

深くつっこまれると困っちゃうから「だと思う」法で書きました。

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